●ご挨拶
昨年は、日本まんなか共和国(岐阜・福井・三重・滋賀)の文化首都大垣市のメーンの記念事業の一つとして、高校生のポスターコンクールを実施し、550余点の応募がありました。その後、これを継続、また恒久化の要望が多くあり、この度、第2回のコンクールを開催したところ1000点余と、昨年の倍近くの作品の応募をいただきました。皆様のご協力に対し、心からの感謝を申し上げます。
テーマは昨年に準じ、「日本・未来」、いずれの作品も、若い皆さんの未来へのあつい想いを反映したものとなっています。その内容は、明るいものばかりとは限りませんが、それぞれに強い共感を覚えると同時に、時代の反映を感じます。
作品についての講評は、審査委員長の言にまつことにして、ご協力いただいた先生方、そして応募いただいた高校生の皆さんに重ねて心からの感謝と、今後いっそうのご支援をお願い申し上げてご挨拶とさせていただきます。

2003年8月
全国高校生ポスターコンクール実行委員会委員長
日本国際ポスター美術館館長 大迫輝通

●審査を終えて
ポスターはアートであり、メッセージである、つまりコミュニケーション・アートとして、ようやく日本でも理解されるようになった。近代ポスターの始まりは商業ポスターであり、19世紀末、ロートレックが制作した全作品31点のうち、ほとんどが商業ポスターであった。近代ポスターの歴史は百数十年と短いが、20世紀はデザインの時代といわれ、ポスター芸術が社会に与えた影響は大きく、今日のポスター芸術の主流は、文化や社会・公共ポスターである。

日本ではポスターは応用美術であり、商業デザインとして扱われ、アートとして見る習慣がなかったため、美術館で見る機会が少ない。版画芸術が盛んである国は、ポスター芸術も盛んであるという説は、今日では世界的な通説となっているが、浮世絵を日本のポスターの原型と考えると、日本がポーランド、スイス、ドイツ、フランスと並んで今日のポスター王国を形成していることは不思議な話ではない。

ところで全国高校生ポスターコンクールは第2回目を迎え、1053点の応募があった。高校生の鋭い感性によって今の時代を描き出している作品が多く、ポスターは時代を反映したコミュニケーション・アートであり、『社会の鏡』であることを示している。しかし、表現技術力は充分でも、テーマに対するアプローチはストレートで、浅く、厳しい言い方をすれば、表現におけるアイデアが乏しい作品を多く見うけた。表現技術力が稚拙でもアイデアが良ければメッセージは明解に伝わるはずである。そこがポスターの難しいところであるが、表現技術力はアイデアを生かすために必要であり、表現技術力そのものを否定しているわけではない。1053点の中から最優秀賞1点を選ぶことは至難の技で、幸運の女神に選ばれた作品は、井上千種の『CLEAN』である。

環境問題に代表される今日的な問題を『CLEAN』にして汚れのない未来を残して欲しいというメッセージは、見る人々に共感を与え、優しく包みこむ不思議な力をもった作品である。それとは対照的に、土井麻代の『NO WAR !』はイラク戦争をテーマとし、涙を流すイラク女性を力強いタッチで表現し、見る人々に直接訴えかける。東一耕平の『酸性雨の向こうに見える日本の未来』は酸性雨に虫食まれた日本列島が木の葉に表現され、今や酸性雨の問題は国際問題であり、日本の果す役割を暗示している。環境問題を身近な視点で捉えた横山七絵の『環境学習』は、汚れた軍手が象徴的に表現され、「ゴミを拾うことから始めよう」というコピーが効果的に訴えかける。簡潔かつ明解な表現である。佐藤由加の『日本の未来に何を祈りますか。』は仏像(過去)と自分(現在)とロボット(未来)が祈っている姿の背景は戦争が表現されていて、『何を祈る』=『平和』と明解なメッセージとなっている。全体的にいえることであるが、コピー(キャッチフレーズ)が安易でもう少し練り上げ、そのレイアウトもまだまだ研究の余地がある。今後の研鑚に期待したい。

最後に、前回に比べ学校単位で取り組む高校が増え、このコンクールが名実とともに『ポスター甲子園』になりつつあることに誇りを感じ、指導された先生や応募された生徒の努力に賛辞を送りたい。

金沢大学教授
日本国際ポスター美術館ディレクター 松浦昇

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